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     城1 城2
武田氏館  たけだうじやかた 2009/10/03他  茨城県ひたちなか市武田566-2  武田地区が甲斐武田氏発祥の地であることから、鎌倉時代の地方豪族(武士)の館を参考に造られた館。
ひたちなか市武田は、甲斐武田氏の発祥の地。12世紀初め、源義家の弟義光は、常陸国への進出を図る。長男義業を久慈郡佐竹郷(常陸太田市)に土着させた。三男の義清を那賀郡武田郷に土着させた。義清は地名をとって武田の名字とし、武田氏の始祖となる。義業の子・昌義は、中世・戦国期に常陸国に君臨した佐竹氏の祖となる。義清とその子・清光は、武田郷周辺の古くからの豪族との間で勢力を張り合った。ゆき過ぎた行為を朝廷に訴えられ、義清父子は甲斐国に配流となった。甲斐国に土着した義清父子は、甲斐源氏発展の基盤を築く。その17代後に信玄が輩出した。(パンフレットより)





主屋 主殿造の母屋 主屋の造りは主殿と玄関をつなぐ中門の張り出しが特徴。主殿づくり。





納屋

館内展示 甲斐武田氏発祥の地についての資料 内部に展示されてる義清

清光と新羅三郎義光ゆかりの楯無鎧(レプリカ)

義清と義光

武田地区の歴史資料などを展示。 甲冑などの武器・武具類。

義清父子が住んだ館は、那珂川を見下ろす武田台地の突端部にあった。 主屋の中にあったパネル。

主屋の中にあったパネル。 この位置から写真を撮ろうとしたが撮れなかった。・・・場所がよくわからない。敷地内に入れない等々によります。

現在の武田氏館は左側森の中にある。 義清父子が住んだ館は右の木々のところと思われる。

義清父子が住んだ館と思われるところ。 草の先に沼地があると思うのだが・・・。入れない。


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